職場における 熱中症予防対策

2熱中症が起こる環境条件とは?

(1)WBGT

からだで感じる暑さには、気温のほか相対湿度、風速、輻射熱(放射熱)が関与しています。相対湿度とは、その気温で空気中に存在できる飽和水蒸気に対する割合です。輻射熱とは、物体から放射される遠赤外線によって伝わる熱のことで、太陽やパネルヒーターから受ける熱がこれに当たります。したがって、気温が高く、相対湿度が高く、風速が弱く(皮膚温を大きく超える熱風の場合は強く)、輻射熱が強いときに、暑く感じ、熱中症が起こりやすくなります。

これら4つの指標を総合した指標としてWBGT(wet bulb globe temperature:湿球黒球温度、暑さ指数(通称))が、スポーツや職場における熱中症の予防のために国際的に広く使用されています。WBGTは、次式で表されます。

屋外での算出式(晴れの日)
WBGT(℃) =0.7 × 湿球温度 + 0.2 × 黒球温度 + 0.1 × 乾球温度

屋内での算出式
WBGT(℃) =0.7 × 湿球温度 + 0.3 × 黒球温度

WBGTは、1954年にアメリカ海兵隊を対象とした研究でYaglou CPとMinard Dによって提唱されたもので、1982年にISO7243(JIS Z8504)として規格化され、単位は気温と同じ「℃」です。

ここで、この式の自然湿球温度とは、球部を濡れたガーゼで巻いた温度計を自然環境において測定したもので、芝生上の百葉箱で測定したものとは異なります。気温が30℃台ならば、体表面から汗が蒸発するときの皮膚温を近似すると考えられます。また、黒球温とは、直径6インチ(15.24cm)で銅製の中空の黒色球の中心に温度計を入れて測定したもので、遠赤外線を吸収して輻射熱と気温を足した温度を示します。

WBGTの値は、輻射熱がよほど強くなければ、気温よりもやや低めの値を示します。WBGT値が28℃を超えると熱中症が増加する傾向があります。

(2)熱中症予防情報

環境省は、熱中症予防情報(http://www.wbgt.env.go.jp/)により全国の主な気象観測所におけるWBGTの速報値と翌日までの予報値を発信しています。このウェブサイトを利用するには、最寄りの気象観測所がどこかを確認しておくと便利です。ただし、職場での実測値は、最寄りの気象観測所における測定値とは異なります。したがって、職場でWBGTを実測できればよいのですが、そのためには計測器が必要です。そこで、職場で暑いと感じる日に、何日かは実際に測定してみて気象観測所との較差を把握しておけば、職場でのWBGT値を推定するのに役立ちます。

(3)WBGT基準値

①日本体育協会

日本体育協会は、「熱中症予防運動指針」を公表し、WBGT が28℃以上では「激しい運動の中止」、31℃以上では「運動の原則中止」を勧告しています(表2)。

表2  WBGTと熱中症予防運動指針(日本体育協会)
WBGT
31℃以上
運動は原則中止
皮膚温より気温の方が高くなる。特別の場合以外は運動を中止する。
WBGT
28~31℃
厳重警戒(激しい運動は中止)
熱中症の危険が高いので激しい運動や持久走など熱負担の大きい運動は避ける。運動する場合には積極的に休憩をとり水分補給を行う。体力低い者、暑さに馴れていない者は運動を中止する。
WBGT
25~28℃
警戒(積極的に休息)
熱中症の危険が増すので積極的に休憩をとり水分を補給する。激しい運動では30分おきくらいに休憩をとる。
WBGT
21~25℃
注意(積極的に水分補給)
熱中症による死亡事故が発生する可能性がある。熱中症の兆候に注意するとともに運動の合間に積極的に水を飲むようにする。
WBGT
21℃未満
ほぼ安全(適宜水分補給)
通常は熱中症の危険性は小さいが、適宜水分の補給は必要である。市民マラソンなどではこの条件でも熱中症が発生するので注意。

②日本生気象学会

日本生気象学会は、「日常生活における熱中症予防指針」を公表し、室内で過ごす高齢者に対して同28℃以上では「炎天下への外出の回避」、31℃以上では「涼しい屋内への移動」を勧告しています(表3)。同指針では屋内における気温と相対湿度からWBGTを推定する換算表を示しています(図1)。ただし、この表は、炎天下や加熱物のある産業現場ではWBGTを過小評価する可能性がありますので、そのような場所ではWBGTを実測すべきです。

表3 日常生活における熱中症予防指針
温度基準
WBGT
注意すべき
生活活動の目安
注意事項
危険
31℃以上
すべての生活活動でおこる危険性 高齢者においては安静状態でも発生する危険性が大きい。外出はなるべく遪け,涼しい室内に移動する。
厳重警戒
28~31℃
外出時は炎天下を遪け, 室内では室温の上昇に注意する。
警戒
25~28℃
中等度以上の生活活動でおこる危険性 遀動や激しい作業をする際は定期的に充分に休息を取り入れる。
注意
25℃未満
強い生活活動でおこる 危険性 一般に危険性は少ないが激しい遀動や重労働時には発生する危険性がある。

室内におけるWBGTの推定値
注:この表は、屋内で日常生活を送っている高齢者を想定したものであり、屋外や発熱体のある職場では使用するのは適当ではない。
図1 室内におけるWBGTの推定値(日本生気象学会「日常生活における熱中症予防指針」)

WBGTの推定値の算出

温度を入力して下さい。
(温度範囲は21~40℃です)
 ℃
温度湿度入力して下さい。
(湿度範囲は20~100%です)
 %
 

(※ 入力は必ず半角で行って下さい。)

③日本産業衛生学会

日本産業衛生学会は、「高温の許容基準」を公表し、高温環境に適応した男性が連続1時間又は断続2時間の作業ができる許容基準を作業強度ごとにWBGT値で示しており、最も身体負荷の強い作業では26.5℃以下にするよう勧告しています(表4)。国内外の学術団体は、熱中症を予防するためにいずれもWBGTを指標として採用し、28℃を超える環境では全身負荷のある作業を概ね1時間以内に制限するよう勧奨しています。

表4 日本産業衛生学会の高温の許容基準
 
作業の強さ 代謝エネルギー(kcal/時)WBGT
 
RMR 1以下(極軽作業)   <130        32.5℃
RMR 2以下(軽作業)    <190        30.5℃
RMR 3以下(中等度作業)  <250        29.0℃
RMR 4以下(中等度作業)  <310        27.5℃
RMR 5以下(重作業)    <370        26.5℃
 
RMR (Relative Metabolic Rate)= [(労作時代謝量)-(安静時代謝量)] ÷(基礎代謝量)
METs (Metabolic Equivalents)= (労作時代謝量)÷(安静時代謝量)
安静時代謝量 = 1.2 x基礎代謝量と近似した場合
METs = RMR÷1.2 + 1、RMR = (METs – 1) x 1.2
参考:METs表(http://www0.nih.go.jp/eiken/programs/pdf/mets_n.pdf

④アメリカ産業衛生専門家会議(ACGIH)

アメリカ産業衛生専門家会議(ACGIH)は、「高温ストレスのTLVs®とアクションリミット」を公表し、作業強度及び作業と休憩の割合ごとに作業環境の許容限界値(TLVs®)と職場改善の検討を始めるべき値(Action Limit)をWBGT値で示しています(表5)。また、化学防護服等の通気性や透湿性の悪い服装の一部については補正値を示しています。この補正値は、厚生労働省労働基準局の熱中症予防通達(平成21年6月19日付け基発第0619001号)で引用されています(表6)。また、この値を超えて作業に従事した場合、作業者を厳重に観察し次のような状態になった場合には作業を中止させるよう勧告しています。

①体温を測定した結果、外耳道温や舌下温で38.0℃、腋下温で37.5℃を超える場合
②体重を測定した結果、作業開始前より、1.5%を超えて体重が減少している場合
③脈拍を測定した結果、1分間の心拍数が、数分間継続して、180から年齢を引いた値を超える場合

表5 ACGIHのTLVとアクションリミット(2016年)
作業と休憩の割合 WBGT
TLV®
作業強度
Action Limit
作業強度
軽度 中等度 重度 最重度 軽度 中等度 重度 最重度
75%-100% 31.0 28.0 - - 28.0 25.0 - -
50%-75% 31.0 29.0 27.5 - 28.5 26.0 24.0 -
25%-50%  32.0 30.0 29.0 28.0 29.5 27.0 25.5 24.5
0%-25% 32.5 31.5 30.5 30.0 30.0 29.0 28.0 27.0
作業と
休憩の
割合
WBGT
TLV®
作業強度
軽度 中等度 重度 最重度
75%-
100%
31.0 28.0 - -
50%-
75%
31.0 29.0 27.5 -
25%-
50% 
32.0 30.0 29.0 28.0
0%-
25%
32.5 31.5 30.5 30.0

作業と
休憩の
割合
WBGT
Action Limit
作業強度
軽度 中等度 重度 最重度
75%-
100%
28.0 25.0 - -
50%-
75%
28.5 26.0 24.0 -
25%-
50% 
29.5 27.0 25.5 24.5
0%-
25%
30.0 29.0 28.0 27.0

作業強度(体重70kgの者の代謝量)と作業例

軽 度 (180W)座位で軽度の手・上肢の作業、運転、立位で軽度の手作業と時々の歩行
中等度(300W)継続した中等度の上肢作業、中等度の手と下肢・体幹の作業、通常の歩行
重 度 (415W)強度の手と体幹の作業、運搬、掘る、のこ引き、速いペースでの歩行
最重度(520W)最大ペースでの非常に強い活動
表6 労働基準局通達が示す「衣類の組合せによりWBGT値に加えるべき補正値」
衣類の種類 WBGT値に加えるべき補正値(℃)
作業服(長袖シャツとズボン) 0
布(織物)製つなぎ服 0
二層の布(織物)製服 3
SMSポリプロピレン製つなぎ服 0.5
ポリオレフィン布製つなぎ服 1
限定用途の蒸気不浸透性つなぎ服 11

注 補正値は、一般にレベルAと呼ばれる完全な不浸透性防護服に使用してはならない。また、重ね着の場合に、個々の補正値を加えて全体の補正値とすることはできない。

⑤国際規格協会(ISO)

国際規格協会(ISO)は、ISO7243(JIS Z8504)で、熱に順化した者の上腕作業は30℃で、全身作業は28℃が限界と勧告しています。これらの値は、厚生労働省労働基準局の熱中症予防通達(平成21年6月19日付け基発第0619001号)で引用されています(表7)。その他、ISOは、熱中症を予防するためのさまざまな指標を規格化しています(表8)。

表7 労働基準局通達に引用されたISOの「身体作業強度等に応じたWBGT基準値」
区分 身体作業強度(代謝率レベル)の例 WBGT基準値
熱に順化している人(℃) 熱に順化していない人(℃)
0 安静 安静 33 32
1 低代謝率 楽な座位;軽い手作業(書く、タイピング、描く、縫う、簿記);手及び腕の作業(小さいベンチツール、点検、組立てや軽い材料の区分け);腕と脚の作業(普通の状態での乗り物の運転、足のスイッチやペダルの操作)。
立位;ドリル(小さい部分);フライス盤(小さい部分);コイル巻き;小さい電気子巻き;小さい力の道具の機械;ちょっとした歩き(速さ3.5 km/h)
30 29
2 中程度代謝率 継続した頭と腕の作業(くぎ打ち、盛土);腕と脚の作業(トラックのオフロード操縦、トラクター及び建設車両);腕と胴体の作業(空気ハンマーの作業、トラクター組立て、しっくい塗り、中くらいの重さの材料を断続的に持つ作業、草むしり、草掘り、果物や野菜を摘む);軽量な荷車や手押し車を押したり引いたりする;3.5~5.5 km/hの速さで歩く;鍛造 28 26
3 高代謝率 強度の腕と胴体の作業;重い材料を運ぶ;シャベルを使う;大ハンマー作業;のこぎりをひく;硬い木にかんなをかけたりのみで彫る;草刈り;掘る;5.5~7 km/hの速さで歩く。重い荷物の荷車や手押し車を押したり引いたりする;鋳物を削る;コンクリートブロックを積む。 気流を感じないとき
25
気流を感じるとき
26
気流を感じないとき
22
気流を感じるとき
23
4 極高代謝率 最大速度の速さでとても激しい活動;おのを振るう;激しくシャベルを使ったり掘ったりする;階段を登る、走る、7km/hより速く歩く。 23 25 18 20
区分 0 安静
身体作業強度(代謝率レベル)の例 安静
WBGT基準値 熱に順化している人(℃) 33
熱に順化していない人(℃) 32

区分 1 低代謝率
身体作業強度(代謝率レベル)の例 楽な座位;軽い手作業(書く、タイピング、描く、縫う、簿記);手及び腕の作業(小さいベンチツール、点検、組立てや軽い材料の区分け);腕と脚の作業(普通の状態での乗り物の運転、足のスイッチやペダルの操作)。
立位;ドリル(小さい部分);フライス盤(小さい部分);コイル巻き;小さい電気子巻き;小さい力の道具の機械;ちょっとした歩き(速さ3.5 km/h)
WBGT基準値 熱に順化している人(℃) 30
熱に順化していない人(℃) 29

区分 2 中程度代謝率
身体作業強度(代謝率レベル)の例 継続した頭と腕の作業(くぎ打ち、盛土);腕と脚の作業(トラックのオフロード操縦、トラクター及び建設車両);腕と胴体の作業(空気ハンマーの作業、トラクター組立て、しっくい塗り、中くらいの重さの材料を断続的に持つ作業、草むしり、草掘り、果物や野菜を摘む);軽量な荷車や手押し車を押したり引いたりする;3.5~5.5 km/hの速さで歩く;鍛造
WBGT基準値 熱に順化している人(℃) 28
熱に順化していない人(℃) 26

区分 3 高代謝率
身体作業強度(代謝率レベル)の例 強度の腕と胴体の作業;重い材料を運ぶ;シャベルを使う;大ハンマー作業;のこぎりをひく;硬い木にかんなをかけたりのみで彫る;草刈り;掘る;5.5~7 km/hの速さで歩く。重い荷物の荷車や手押し車を押したり引いたりする;鋳物を削る;コンクリートブロックを積む。
WBGT基準値 熱に順化している人(℃) 気流を感じないとき
25
気流を感じるとき
26
熱に順化していない人(℃) 気流を感じないとき
22
気流を感じるとき
23

区分 4 極高代謝率
身体作業強度(代謝率レベル)の例 最大速度の速さでとても激しい活動;おのを振るう;激しくシャベルを使ったり掘ったりする;階段を登る、走る、7km/hより速く歩く。
WBGT基準値 熱に順化している人(℃) 気流を感じないとき
23
気流を感じるとき
25
熱に順化していない人(℃) 気流を感じないとき
18
気流を感じるとき
20

注1 日本工業規格Z8504(人間工学―WBGT(湿球黒球温度)指数に基づく作業者の熱ストレスの評価―暑熱環境)附属書A「WBGT熱ストレス指数の基準値表」を基に、同表に示す代謝率レベルを具体的な例に置き換えて作成したもの。
注2 熱に順化していない人とは、「作業する前の週に毎日熱にばく露されていなかった人」をいう。
表8 暑熱環境に関連するISO規格
  • ISO 7243:1989 Hot environments-Estimation of the heat stress on working man, based on the WBGT-index (wet bulb glove temperature)、暑熱環境-WBGT(湿球黒球温度)指数に基づく作業者の熱ストレス評価
  • ISO 7726:1998 Ergonomics of the thermal environment-Instruments for measuring physical quantities、温熱環境の人間工学-熱環境物理量測定のための機器と方法
  • ISO 7730:1994 Moderate thermal environment - Determination of the PMV and PPD indices and specification of the conditions for thermal comfort、中等度温熱環境-PMVとPMV指標の算出と快適温熱環境の仕様
  • ISO 7933:1989 Hot environments - Analytical determination and interpretation of thermal stress using calculation of required sweat rate、暑熱環境-必要発汗率の計算による熱ストレス解析
  • ISO 8996:1995 Ergonomics - Determination of metabolic heat production、人間工学-産熱量の算定法
  • ISO 9886:1992 Evaluation of thermal strain by physiological measurements、生理的測定に基づく温熱負荷の評価
  • ISO 9920:1995 Ergonomics of the thermal environments- Estimation of the thermal insulation and evaporative resistance of a clothing ensemble、温熱環境の人間工学-着衣の断熱性と透湿抵抗の評価

(4)都市部の暑熱環境

近年、都市部では、自動車や空調設備等の人工排熱、舗装道路やコンクリート構造物の蓄熱、大気汚染による温室効果、高層ビルによる海風の遮断によるヒートアイランド現象も加わり、職場の気温は最寄りの気象官署の測定値より高いことが多くなっています。特に、炎天下、炉前、熱風があると、赤外線が体表面に輻射熱を伝えやすく、それに加えて風を感じにくい環境では、皮膚表面の空気が入れ替わらず発汗の効果が得られにくくなり、熱中症が生じやすくなります。